『徳島市街詳地図』(小山東洋著・小山助学館発行・500円)
弊社は1906年(明治39年)に創業しました。その年、創業者・小山弥平により作られたのがこの『徳島市街詳地図』です。(「小山東洋」はペンネームです)
漢学者だった弥平は、本を書いて出版社に売り、それを元手に書店を開業しました。「人々の学問の助けになりたい」という想いから社名を「助学館」とし、その志は100年以上経った今も受け継がれております。しかし、当時は地方にまで本が流通せず、新刊も続々と出るわけではありません。そこで、自ら本を作り、売ったのが、弊社の出版事業の始まりであり、その一つがこの地図なのです。
徳島駅を中心に、南北は秋田町から旧下助任村、東西は旧安宅村から旧佐古村までの範囲が描かれ、学校・病院・旅館・その他、主な施設名が記された、100年前の徳島を知る上で貴重な史料です。
徳島市街詳地図を持って、当時の名残を探します。徳島市街詳地図今昔番外編「瓢箪島」です。
現在のひょうたん島です。内町まちづくり協議会発行ひょうたん島今昔から拝借。内町地区がひょうたん島と呼ばれるのはここ20年前位からと思います。
第6回「寺島川」でご案内のとおり、107年前は徳島と寺島の2つの島でした。
昭和40年代初めまで寺島川の一部が残っていましたが、完全に埋め立てられ現在の形になりました。
実はこのひょうたん島の名称は江戸時代にも使われています。これは正保3年1646年、蜂須賀家が幕府に提出した阿波国徳島城之図です。
西の丸の石垣の西側に...
瓢箪島の記載があります。現在の体育館あたりの助任川と寺島川に挟まれた区域の名称で、面積は出来島の4分の1程度です。現在のひょうたん島の名称の由来とは関係無いと思います。でも実はとても由緒のある名称なのです。
徳島市街詳地図今昔番外編3は「瓢箪島」でした。